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越後しの | Shino Echigo

動物や鳥などの擬態に興じる少年や少女の姿、キメラのような不思議な生き物などを絵具や黒鉛の細やかな軌跡で描いている、越後しのさん。アクリル絵具だけでなく、紙板版画の技法による希少版画も人気で、最近では鉛筆の絵を東北でもっともたくさん売る作家のひとりとしても知られています。何を描いているのか、その意味は誰も明瞭には分からないものの、喜怒哀楽だけでなく複雑に屈折した心象風景などもユーモラスなアクセントを効かせて表現され、見るものの心へと確かに伝わるのです。仙台を拠点に全国各地で展示活動を続けつつ、絵を見て買った方たちとの交流もまた絵のテーマの一部になってゆくという"オーガニックな関係"を基礎に、世代を超えファンの輪を大きく広げている越後さん。2020年の最初の個展として「野の鍵をポケットに」(2020年4月14〜22日、高松市・watagumo舎)をオンライン展覧会として開催することになりました。その開催に合わせ、創作のルーツと最近の絵作りを支えているもの、込めている願いなどについてお聞きいたしました。

photo : Rie Oshinomi


 

言葉を越えた対話や情緒に興味

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どのようなプロセスで絵を制作していますか?

越後しの(以下、E):
アートワークとしていくつかの種類があるのですが、まず絵画はシナベニヤのパネルやイラストレーションボードなどにアクリル絵具で描いています。絵具の乾きが早いため何点か同時に制作進行しながら薄塗りを重ね、求めている味わいを徐々に出していきます。また、紙板版画も私にとって大切な表現です。ドライポイントという技法で、つるつるした紙を削ったり剥がしたりして凸凹を作り、プレス機にかけて刷り上げます。版が壊れたり傷ついたりしやすく、数枚しか刷れないこともありますので、版画とタブローの中間的な制作物と捉えています。最近は紙に鉛筆で描く作品も多いですね。水彩紙のうえに硬軟さまざまな芯のシャープペンシルをおもに使って描きます。これは自然光で描くのが一番いいので、いつも午前中に制作しています。

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アーティストになられたきっかけは?

E:
20代の頃、漠然と絵描きになりたいと思いました。地元の画材屋さんで4年間アルバイトをさせてもらい、その後アトリエ兼ギャラリーを運営しながら制作活動をスタートさせたのが1998年です。たくさんの方々と出会ううちに人が持つ情緒に興味が湧き、日記代わりにドローイングを描くようになりました。ネタ帳のようなものですが、今は直接それを鉛筆画に仕上げることも多いですね。幼い頃は動物のいる環境で暮らしていて、ひとりっ子ということもあり、言葉を越えた対話が当たり前になっていました。また、母がたくさん与えてくれた絵本の影響も大きかったと思います。でも幼い頃から絵を描くことは好きで絵の教室にも通っていたのに、どうも好きな絵が描けないなあと子ども心に思っていて。今、やっと自分の絵が描けるようになって楽しいですね。

鏡のような絵、世界の扉を開ける言葉

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今の作風にいたるまで、どんなプロセスがありましたか?

E:
20代の頃は自然や動物をモチーフにした「栽培」というシリーズで絵画やインスタレーションを発表していました。30代になり何となく制作に行き詰まりを感じながらも活動していた頃、花人・中川幸夫の展覧会を観て衝撃を受け、打ちのめされて自分自身を見つめ直す機会になりました。2011年の東日本大震災も自身の制作を考え直す転機になりましたね。同時にこの頃、紙板版画と出会い、未発表だったドローイングをもとにして版画作品を発表し始めます。そして版画で自信がつき、アクリル画も描き始めて最近は鉛筆も主力のツールとなってきました。かつての「栽培」シリーズのコンセプトを今の絵のなかに引用したりするなど、人生のなかで降り積もってきたアイディアをミックスさせ、形にできるようになってきたかなと感じています。

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絵のモチーフは何を表していますか? またタイトルの付け方もユニークなものが多いですね。

E:
日々の何気ない瞬間をアイディアの発端として描くことが多いです。アイディアスケッチはたくさんあって、ちょっと寝かせた後で見て、絵にしたほうがいいものと紙版画にしたほうがいいものとを選び分けています。観る人の中でイメージが膨らむように性別不明、年齢不詳なものを心がけて描いているつもりなのですが、少女に見える絵が多いですね。口をちょっと開ける絵が多いので、何かを語り出しそうとよく言われます。「対話」もひとつの大切な制作テーマですので、観る側の鏡のようだったり、もうひとりの自分のようだったり。あるいは懐かしい人や身近な人が姿を変えて登場していることもあり得ますね。タイトルのこともよく聞かれるのですが、言葉がテーマとして先にあるわけではなく、作品が完成してからつけることが多いんです。全部ひらがなにしたりカタカナにしたり漢字を入れてみたりと、見た時に作品のイメージがより広がるような言葉を選びたいと思っています。

わくわくする静かな高揚感を胸にして

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今回のオンライン展覧会「野の鍵をポケットに」は、どのようなものになりますか?

E:
香川県高松市のshop&gallery「watagumo舎」さんとご縁があり、2019年に個展も開かせていただきましたが、残念ながら4月11日から予定されていた次回展はオンラインショップのみで作品公開することになりました。「冒険」をテーマに新作を約10点ほど制作しました。今はちょうど新型コロナウィルスの影響で皆さん大きな不安を抱え生活されていると思いますが、せめてサイトで絵をご覧いただき、わくわくする高揚感や希望を感じていただければ嬉しいですね。絵や版画以外にもアクリル画の缶バッチ、鉛筆画のマット仕上げの缶バッチなど雑貨類も販売いたします。

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近い将来の目標をお聞かせください。

E:
今、ちょうど開業予定のクリニックさん用にいくつかオーダー作品を描かせていただいていますが、色々な職業のかたと絵を通してつながることが増えてきました。いつか、絵本のような作品集も出してみたいですし、絵の中の人物がまとっているものを洋服として作れたら嬉しいですね。私の作品を買ってくださったお客様で、絵を初めて買ったという方が国内外問わずとても多く、それは大変光栄で描いていくうえでの大きな励みになっています。今後もいくつか予定されている展示活動は、新型コロナウィルスの影響で変更があるかも知れませんけれども、日々の制作を大切にしながら、絵を描き続けることが一番の大きな目標です。

越後しの アーティスト

宮城県生まれ。画材店勤務の1995年より独学で絵の制作を始め、98年にアートギャラリー「GALLERY ECHIGO」を仙台市にオープン。以後、仙台を拠点に創作活動を続けている。最近の個展に「夢の紡ぎ方」('19年、西荻窪・ヨロコビtoギャラリー)」、「愛みたいなものを そっと」(同年、仙台市・晩翠画廊)など。その他グループ展に多数参加。おもな受賞歴に「TURNER ACRYL AWARD 2000」青葉益輝賞、「SENDAI ART ANNUAL 2005」飯沢耕太郎賞・明和電機賞など。

http://www.onyx.dti.ne.jp/geg/GALLERY_ECHIGO/


「野の鍵をポケットに」展についてはこちら
http://watagumosya.shop-pro.jp


越後しのさんのジクレー版画「野の鍵のゆくへ」は、こちら
https://www.galleryspeakfor.com/?pid=148413284